横浜地方裁判所 昭和42年(ワ)930号 判決 1968年9月03日
原告
三浦友蔵
被告
トヨタ輸送株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対して金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四二年六月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、原告は、本件交通事故の被害者である訴外亡三浦忠(訴外忠という)の実父である。
訴外忠は、昭和四〇年五月五日午前七時三〇分頃、横浜市中区末吉町三丁目六七番地先交差点附近を通行中、折から同所を、黄金町方面から伊勢佐木町方面に向け進行してきた被告会社運転者訴外井戸田八郎(訴外井戸田という)の運転する営業用貨物自動車(愛知一い一、二三八号トヨタ六三年型積載車、キヤブオーバー、加害車という)に接触、その場に転倒し、車輪に胸部を圧迫され、直ちに附近の大仁病院にはこびこまれ応急措置を受けたが程なく死亡した。
二、本件交通事故の現場は、大通りの交差点附近であるから、自動車運転者たるものは、歩行者の通行量を考慮して、適当に減速し、不意・偶発の事態に遭遇しても未然にこれを防止すべき注意義務がある。しかるに、訴外井戸田は、僅かに加害車の速力を減速しただけで本件交通事故現場を通過しようとしたため、右接触事故を惹起させたものである。よつて、訴外井戸田の加害車運転に過失があつたことは明白である。
三、本件交通事故による損害
訴外忠の死亡当時の年令は満三一才であつたから、就労可能年数を三二年と思料する。又同人が、当時、横浜方面で沖仲士としての日雇労務に従事していたので、一ケ月二〇日間稼働できるものとし、一日金一、五〇〇円の割合(労働省職業安定局調べによる)で計算すると、月収金三〇、〇〇〇円となる。そして、これから生活費金一〇、〇〇〇円を控除すると、一ケ月金二〇、〇〇〇円、すなわち一年間に金二四〇、〇〇〇円の純益を得ることとなる。したがつてこれに右就労可能年数を乗じ、ホフマン式計算方法に従い年毎に年五分の割合による中間利息を控除して一時払額に換算すると金二、九五三、八四一円の将来得べかりし利益が計上される。
四、訴外忠の唯一人の相続人である原告は、右将来得べかりし利益金二、九五三、八四一円を相続したが、内金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、自動車損害賠償保障法第三条に基き訴求するものである。
五、被告の飛込自殺の抗弁を争う。
(一) 訴外忠には、親、兄弟、縁故などが数多く、困窮のときはいつでもその救助をうけ得られる状態であり、かつ、同人は当時、将来の仕事を計画してその準備に余念がなかつたのであるから、自殺をはかるとか、突然自殺する衝動に駆られるということは考えられない。
(二) 本件交通事故現場は、現在二つの横断歩道が約数十米の間隔で設けられているが、丁度その両横断歩道の中間の場所にあたる繁華な場所である。飛込自殺をはかる適当な場所では全くない。
六、被告は、訴外井戸田が、左前方約四五米の歩道上にうずくまつている男(訴外忠)を発見し、その男(訴外忠)が、うずくまつたままであり、車道に出てくる気配が全くなかつたので、時速一五粁位の速度で徐行したと主張するが、若し、訴外井戸田が、このように注意深く、訴外忠の状態を観察しながら、しかも右の低速で加害車を運転していたならば、本件交通事故は、未然に防止できたか、若しくは、同人の被害程度がはるかに軽微なものですんだはずである。本件交通事故の原因は、訴外井戸田の減速の処置が十分でなかつたか、或は、当日が祭日の朝で人通りが少かつたため速力を出しすぎたことによるものと考えられる。
〔証拠関係略〕
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
原告の請求原因事実中、訴外井戸田が、その主張の日時・場所において加害車を運転していたこと、訴外忠が死亡したことは認めるが、その余の事実はすべて争う。
本件交通事故発生当時の状況は、訴外井戸田が先行する自動車に追随して南進していたが、当日は祭日の朝で交通量が少く、歩行者の姿も見られなかつた。
そして、本件現場附近にさしかかつた際、約七〇米前方の信号が黄色に変つたので、ブレーキをかけ徐行に移り前進中、左前方約四五米の歩道上にうずくまつている男(訴外忠)を発見した。しかし、その男(訴外忠)はうずくまつたままであり、車道に出てくる気配が全くなかつたので、そのまま、時速一五粁位の速度で徐行を続けていたところ、突然左後輪に異様なシヨツクを感じたので、急停車したところ、右の男(訴外忠)が左後輪に轢かれていたのである。
したがつて、本件交通事故は、訴外忠が、徐行中の加害車の左後輪部分に飛込自殺をしたもので、訴外井戸田には全く過失がない。よつて、被告は加害車の保有者としての自動車損害賠償保障法第三条に基く責任を負担する理由はない。
〔証拠関係略〕
理由
一、昭和四〇年五月五日午前七時三〇分頃、訴外井戸田が加害車を運転し、横浜市中区黄金町方面から同区伊勢佐木町方面に向けて同区末吉町三丁目六七番地附近を進行していたことについては、当事者間に争いがない。
二、〔証拠略〕によると、加害車は、材木を積んだ大型トラツクの後ろにつづいて進行中、伊勢佐木町六丁目の自動信号機が黄色になつたので、右先行車に続いて減速し、時速約一五粁で進行していたところ、左前方約一七~八米の距離に、訴外忠が歩道の右端に車道に向つてうずくまつているのを発見した。そして同人がうずくまつたまま車道に出てくる気配がなかつたので、右と同じ速度で進行を続けていると、突然立ち上り、加害車の後車輪の直前へ、あたかも頭から川へ飛び込むように腰をかがめ、車体の下に飛び込んだ。加害車の運転席は、同車の右側前方に位置し、後車輪から数米前方になるので、訴外井戸川は何も知らず、突然左後輪に異様なシヨツクを感じたので、急停車したところ、訴外忠が左後輪に轢かれていたことを発見したことを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。
三、加害車のような大型貨物自動車の運転者は、前方に発見した被害者の行動に、正常な交通態度が期待できないと認められる場合は別として、正常の交通態度と見做される被害者が、突然後車輪の直前に飛込んで来たような場合には、これを回避する可能性がないものと考えるのが相当である。したがつて、右認定の状況下では、訴外井戸田は加害車の運転に過失がなかつたものと言うべきである。
原告は、訴外井戸田がもう少し慎重に加害車を運転していたならば本件交通事故は未然に防止できたか、若しくは、はるかに軽微な被害に止めることができたはずである旨主張するが、右の理由により賛成できない。
四、しかして、右認定事実によると、本件交通事故は、被告の運転者に対する選任監督、並に、加害車の構造上の欠陥又は機能の障害と、いずれも因果関係がないことが明らかであるから、被告の自動車損害賠償保障法第三条に基く抗弁の理由があり、よつて運行供用者の責任を負わすことはできない。
五、そうすると、本訴請求は原告の主張するその余の点について判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石藤太郎)